日々の生活に追われて、 幸せを実感できる余裕はありません。 今、何とか暮らせているし、 子供も元気でいてくれているので、 客観的に見れば、幸せなのだと思います。 でも、こんなことゼミの皆さんが読んでも面 白くない、 と思います。

  例えば、今、浮気なんて全く考えられないんですが、 それは、女房がよくできた人でハッピイだからではなく、 結局、女の人の本質は同じと考えているので、 誰と何をしようが、一時しのぎであり、 自分を変えない限り、その先に待つ結果は同じだ と思っているから、だとか。 (いつもよくやってくれていると感謝してます!)

  自分はいい加減なところがあるから、 優しい女性より、 自分の行動を矯正する力を持つ厳しい女性の方が、 いいんだと、納得させているんだとか。 (ええ、もちろんボクがいけないんです!)

  社会では、晩婚化の傾向にありますが、 結婚、子育てするためには、若い内に(20代で) 結婚した方がいいよ、だとか。 自分は43歳で下の子供ができたけど、 子供が成人するときは63歳。 自分の仕事は定年が無いけど、 定年後も子育てにお金がかかるのはキツいでー、 だとか。 別の言い方をすると、 独身時代をキリギリス時代と考えると、 長くキリギリスをやっていると後で死ぬでー、だとか。

  もうすぐ、人間やって半世紀になるってのに 深夜アニメ見てて、小6の長男に お父さんは夜中にこっそりイヤラシイテレビを 見ていると思われている、だとか。

  で、アニメのお勧めは「涼宮ハルヒの憂鬱」と「夏のあらし!」、だとか。 前者は、物語の面白さと原作者が関学出身なので、関学周囲の様子がアニメで見られること。 後者は昭和ムードが一杯なので、山口百恵がリアルに分かる世代には面 白い、だとか。

  年々、子育て費用は増加するのに、収入が増える見込みはないこと、だとか。 それで、株のホームトレードをやって、ライブドアと共に 自分もポシャって、やっぱり本業に精出さなアカンと思っている、だとか。

  世の中、甘くない。失敗して初めて、 一所懸命本業の仕事をしないと 家族を守れないことが分かった、だとか。

  つまり、自分にとって家族は守るべき存在、 目的であって、心の支えかというと、ちょっと違う。

  自分の心の支えは、 高校時代の部活だとか、 佐々木ゼミ時代に徹夜でレポートを仕上げたこととか、 卒論も修論(修士論文のこと)も 1日2、3時間の睡眠を続けてギリギリ提出したこと。 奥村さんたちと一緒に過ごした 一人では絶対出来ない様々な経験。 夏のマジカルもそうですし、 ポートレートの撮影に行かせてもらったり、 焼き肉をはじめとする神戸の旨いもの屋に 連れて行ってもらえたり、 ゼミのコンパやゼミ合宿、ゼミスキー、 「なお」にもお世話になりました。 がぼるの7号を作ったときも、ほとんど奥村邸に自主合宿! 何日も奥村さんの家から学校に行っていましたから、 カー君との思い出もその時のものと思います。 佐々木先生は言うまでもなく、 同期のボッチやヒコさんにも大変お世話になりました。 大学1年から院まで一緒だったシバタシにはお世話になった記憶がありませんが、思い出すことは満載。 ピロパリは兄貴肌で、全く後輩という気がせず、よく一緒に遊んだ等々。

  こうして、書き始めると、次々に思い出すことが湧いてきます。世知辛いご時世だからこそ、奥村時代(大学時代と書くと大学院もあって正確ではないので、あえてこう書かせていただきたい)のモラトリアムな時間とその経験が、自分の糧になっているのだと思います。

  ええ、僕が幸せな理由は、 厳しくも、めちゃめちゃ楽しかった奥村時代が あったからですよ! これ、ほんと。


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