昨年の2010年11月初旬ひどく冷え込んだ日に鳥仲間3人で久しぶりに大泉緑地(大阪府堺市)を訪ねた。そこで遭遇した野鳥にまつわる三つの小さなエピソードを報告しましょう。
コマドリ
背丈の低い生け垣の根方を狙う大小様々なカメラの放列が見え、その後に10数人の人垣が出来ていた。そっと近づいて様子を見ていると、カメラの狙いは1羽のコマドリであることが判った。コマドリは時々生け垣の根方から用心深く姿を現し、近くの餌
―おそらくカメラマンの誰かが撒いたと思われるミルワーム―
を啄んですばやく生け垣の奥に隠れる。姿の見えている数秒間いっせいにカメラのシャッター音が響きわたる。鳥が隠れると、生け垣の奥をためつすがめつ覗き込む人、カメラのモニターに画像を再生しながら満足そうに頷く人、満足できないで残念がる人、各自の成果
を見せ合って談笑する人々、そんな情景が鳥の出現ごとに繰り返された。
珍鳥の現れる場所ならどこででも見られるこんな情景を鳥たちはどう感じているのだろう。カメラとその後方に居並ぶ人間たちが決して自分たちを害するものでないことを理解し、警戒心を解くのは何万年先のことであろうか。
このコマドリがどれほど前からここへ来ていたのかは聞きそびれたが、私たちの仲間の1人が翌日見に行った時にはもういなくなっていたという。最終の越冬地は別
のところにあって、そこへの移動途中だったものと思われる。
キビタキ
コマドリを狙うカメラマンたちの背後5〜6mのところに幅1m半ほどの浅い小川が流れていて、その対岸に立つ常緑樹の下枝に黄色の目立つ小鳥が1羽止まっていた。”ふくら雀”のように羽毛を膨らませ、寒さに耐えているかのようにジィーッと動かないで、時折頭だけを小さく左右に動かしている。私は一瞬眼を疑った。どう見ても夏鳥のキビタキである。
初夏の六甲山でオオルリとともに綺麗な囀りを響かせ、夏の到来を知らせてくれるあのキビタキである。キビタキがこんなに冷え込む季節まで居残っていていいものだろうか註。このキビタキから5メートルほど離れた別
の木の上枝で元気に飛び交うマヒワの群を見るにつけ、このキビタキの頼りなさは一入であった。なんとか無事に越冬地へ辿り着いてほしいと願わずにはいられなかった。
カイツブリの親子
大泉池の風の陰になっている水面で2羽のカイツブリを見た。岸辺から近いところだったので肉眼でもよく見えた。2羽のうち1羽はしきりに潜水を繰り返し餌を咥えて水面
に現れる。するともう1羽がすばやく近づいて行ってその餌をもらう。餌を渡した方が親鳥で貰った方が子鳥らしいが、この子はもう雛ではない。体の大きさも羽の模様も親鳥そっくりで、最初見たときは区別
がつかなかった。
餌を渡した親鳥はすぐまた水に潜る。子鳥の方は一向に潜ろうとはせず、左右をきょろきょろ見回しながら親鳥が現れるのを待っている。親鳥の頭が少しでも水面
に現れると急いで泳ぎ寄って餌を貰うのである。 風の陰とはいえ厳しい寒気の中で私は30分ほどこんな情景を見ていたが、子鳥は1度も潜ろうとはせず、親鳥は子鳥から2メートルとは離れない位
置に浮かび出て餌を渡す。親並みに大きな図体をしたわが子に潜水や餌取りを教えようという様子はまったく窺えない。なんだか覇気のない若者と過保護な母親の姿を見たような気分になって、私はその場を離れた。
私はかつて梅雨が終わろうとする7月初旬に、近江八幡の水郷見物で小舟の上から、この鳥が浮き巣の上で抱卵していたり、数羽の雛を引き連れて舟の前を横切る姿を目撃していたので、この時期に産まれた雛が4カ月後の11月初旬に、まだこんな状態でいいのだろうか、という思いを抱いて家に帰った。
家に帰ってカイツブリに関する解説を探したところ、この鳥の「繁殖期は長く、夏場だけでなく2月頃に幼鳥が見られることもある」という記述があった。あのカイツブリは遅く生まれたのかも知れない。自分の早とちりをいささか恥ずかしく思いながらも、なお、あの若鳥が早く自力で餌の取れる独立した成鳥になってほしいと私は希っている。
註 後日、渡り鳥の標識調査をしているK氏に話したら、11月初旬に関西でキビタキを見るのはさほど珍しいことではないとのことであった。
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