ここ2年位 のことなのですが、走ることにはまっています。学生時代の私をご存知の方は、まず信じられないかもしれませんが、10キロのレースから、フルマラソン、果 ては100キロを走るウルトラマラソンにまで参加してしまっています。


 きっかけは、2007年春に腰痛を患い、治療していただいた先生に「圓山さん、運動したことないでしょう。腹筋と背筋が弱いんで腰痛一旦治っても、またなりますよ」と言われたことからです。

 家で腹筋をやっていても楽しくないので、その年の暮れに交野にあるマシントレーニングができる施設に夫婦で入会しました。そこにあったトレッドミル(ランニングマシン)や筋力トレーニングマシンで汗を流すことが結構おもしろくなっていきました。ミルでベルトの上を走るだけでも結構きつく楽しいので、外を走ればもっとおもしろいかもと思い、年明けに阪急イングスでランニングシューズを購入し、外を走るようになり、ちょっとずつ走る距離を伸ばしていきました。


  2008年4月に初めて10キロのレースに出場し、完走できたことで、レースのおもしろさを実感してしまいました。その後何度かハーフマラソンに出て、同じ年の11月に初めてのフルを完走。初フルのタイムは3時間37分でした。この年齢になっても、練習すればタイムは少しではありますが、縮まって行き、こうなるともう後戻りできない感じになってきました。


  2009年の5月に友人3人と大阪で初めて行われた100キロウルトラマラソンに出場。完走を目標に走ったところ、何とか10時間台でゴールすることができました。100キロという距離、普段の生活で車や交通 機関を使っての移動はありますが、実感しにくいものだと思います。大体ですが、神戸市から京都市まで直線で結ぶと100キロくらいです。う〜んやっぱり分かりにくいですね〜。


  余談ですが、このレースの4日後に会社の健康診断があり、まさかの再検査。白血球と赤血球が減少して、極度の貧血状態にあったようです。一緒に走った友人は、レース翌日が検診の日だったので、貧血に加えて肝臓の数値もかなり悪かったそうです。


  6月から9月半ばあたりまでは、マラソンは完全にオフシーズンとなるので、夏の暑い日は早朝の涼しい時間帯に練習するために早起きし、そのせいもありあれだけ毎日のように泥酔するまで飲んでいたお酒も、週3日程度になりました。相変わらず、飲めば泥酔はしていますが。

  そして2009年9月27日、思い出に残るレースに参戦しました。いつもレース終了後にその時感じたことを雑記として残しているのですが、それを掲載させていただきます。

「村岡ダブルフルウルトラランニング参戦記」

 

 
 

 


大阪100キロマラソン

大阪100キロマラソン
 
 

 


佐々木ゼミ16期生 圓山和久

最終がぼるトップに戻るがぼるnetに戻る



©Paradiso co.,ltd.2009  大切な佐々木ゼミの歴史です、取り扱いにはご注意を。無断転載を禁じます。 2010年7月6日